それもまた相変わらずな 5
       〜お隣のお嬢さん編


それが狩りでも身柄確保でも、出来るだけ無傷での捕獲というのが一番難しい。
いかに余裕で囲い込めるか、どれほど暴れられてもダメージを受けないかを保てなければ、
ついのこととて掴みしめすぎて相手を壊してしまいかねない。
あの御方の直轄旗下に入ったばかりの折、
ついつい自分がこれまでやってきた、ただの力づくというやり方を通してしまうたび、
作戦の遂行への妨げにもなったからだろう、
この無能がと容赦なく蹴り飛ばされたのを覚えている。
何にも勝る強さとは何を要求されてもこなせてこそで、
それは雑魚への対処へであれ物を言うのだと歯ぎしりしもって覚えた黒の少女だ。

 「のすけちゃんっ!」

僅かばかりの常夜灯しか明かりはない、埃混じりの夜陰の中、
雲間から顔を出した月の光に照らされて、少女の白銀の髪が清かに光る。
吹っ飛ばされたの半分、受け身を構えつつ大きく後背へ飛びすさったのが半分という、
なかなか器用な反射による跳躍で宙を滑空してきた白い少女が、
自身の異能そのままに四つ這いになっての四肢全部で地べたへしがみつくよにして、
失速へのブレーキをかけて何とか踏み止まり、
細かい傷だらけになりつつも、敵への注視は外せぬと、相棒を見もせぬままよく通る声を放った。
それを意識と視野のすみに把握したこちらも、
荒れたアスファルトの上を横滑りに退避しつつ、精一杯に脚を突っ張って身を支えており。
端正なお顔に似合わぬ乱暴さ、細い眉をしかめてチッと短く舌打ちしたのは、
たった一人を相手にやや圧倒されている戦況にか、
それとも相棒からの気安い呼び方へかは自分でもよく判らない。

 「カタパルト、お願いっ。」

刹那刹那に刻々と代わる状況へ、最も効果のあろう攻勢を構えて躍りかかる。
急勾配な坂道を一気に駆け下りているような、
そんな一気呵成の戦法を畳みかけている真っ最中の彼女らであり。
短めなキュロットの裾と寒風除けのジャケットの裾をまとめてひらりとひるがえし、
顔は対象へと向けたまま、だが声は間違いなくこちらへ飛ばす白虎の少女なのへ、

 「やつがれに命じるなっ。」

とりあえず “簡単には従ってはやらぬ”との意思表示をしつつも、
こちらも細い背から舞い上がった漆黒の髪と
長外套の裾をばっさと膜翼のようにひらめかせた黒髪の少女が怒鳴り返し。
それでもその外套への念を込めたか、叩きつけてくる風圧とは明らかに異なる方向、
まるで生き物の躍動を示すように強靭にたわんでしなったのが見て取れて。
深夜を超えてもう未明に差し掛かっている時間帯で
湾岸地区とはいえさほどの夜風はない晩だった。
如月という厳寒期ではあれ、風はさしてなかったはずだが、
彼女らが対峙する相手の放つ異能の威勢が大気を掻き回しているものか、
台風の強風圏内を思わせるような、手に負えない旋風がそこいらじゅうに吹きすさんでいる。

  ___ 突風の異能。

どういう理屈なのか、感情の高ぶりのまま
その身へまとうかのように凄まじい圧を伴う疾風を周囲に巻き起こす人物が現れて、
港湾施設へ多大な被害を与えているとの報があり。
放置自転車を飛礫扱いで吹き飛ばし、
大きなコンテナ車を薙ぎ倒す凄まじさでは軍警が束になって掛かっても止められまいと、
異能によるものと暫定され、現場がヨコハマということもあり武装探偵社にお声が掛かった。
突然発現して当人も混乱しつつ徘徊しているものか、
それにしては人気のないところが始まりというのは何かしらの事情ありに違いなく。

『怪しい輩に絡まれるかして、身の危険から無意識のうちに発動したとか?』
『そうだとしても、そもそも何でまたこんな時間にこんなところにいたのだろう。』

周囲への破壊工作を意図しての行動か?
そう、人自体が寄らぬだろう辺境地域や高峻な山岳地帯などならいざ知らず、
今の時勢、廃棄された工場群や倉庫街でも
テロ行為などの何かあってはと警戒用の防犯カメラなりセンサーなりが設置されている。
なればこそ、突然の暴風域の発生というおかしな事態へも結構素早く察知されたのであり、
記録をさかのぼれば、たった一人で現場までやってきた、うら若き人物だというのも確認済みらしく。

『制止の声や何やも聞こえない、従えないのは故意にではなさそうらしいが、』

光学機器で確認したが、呆然自失というよな顔でいる若い男で、
頭を抱えては身をよじり、そのたびに途轍もない突風が渦を巻いて生じ、
周囲の金網フェンスやトタン板をたわめては引き剥がさんという勢い。
今のところは人的被害もなく、
まだまだ銃刀等所持法が表向き守られている格好の日之本では
異能が公認されていないことへの兼ね合いもあり 銃撃で制するというのも物騒な話。
かといって取り押さえることも出来ぬ異常事態には違いなく、
このまま住宅街や繁華街、稼働中の施設へ近づけば並々ならぬ被害も出よう。

『とんだミニゴジラだね。台風で済まなさそう。』
『だ〜ざ〜い〜。』

暢気なことを言ってないで、貴様がとっ捕まえてこい。
やぁよ、セットが崩れちゃう。
え?太宰さんの異能を発動してりゃあ影響は受けないのでは。
異能の影響はなくても周りのあれこれが飛んでくるのは当たっちゃうじゃない。
ろくに手入れもしてはない恰好のくせに聞いたようなことを言うな、
……などなどと、
探偵社が誇る長身美人コンビが、現場へと向かう車中にて
どこのOLさんですかというよな微妙なやり取りをしていたところ、
その片や、銀縁眼鏡も鋭角な国木田女史の携帯端末がオルゴールのような着信音を立てた。
実りのない舌戦をひとまず中断し、白い指が麗しい手がスーツのポケットをまさぐって。
手馴れた所作にてコンパクトな端末を取り出したのだが、

『はい、国木田です。…社長?』

ハンドルを握っていた谷崎さんも、助手席にいた敦も“え?”とそちらへ注意を向ける。
緊急招集ではあったが、概要と決着の希望点さえ聞けば
たとえ異能者相手でもどうにでも出来るのが探偵社でもあり。
問題を起こしている手合いは一人だと言うし、現場に着いてから詳細をと構えていただけに、
その前に社長からの報が入ったのはちょっぴり意外。
何か追加の情報だろうかと、走行音がイヤに耳につくほど皆して静まり返った車内に、

 『………はぁ?』

社長を相手とは思えない、素っ頓狂な声を放った女史だったため、
一体何事が起きているものかと、
息を飲み、震え上がった、東と西のヘタレコンビだったりしたのだが



     ◇◇


突発的な異能者の出來に違いなかったが、
どこでどう聞きつけたものか、ポートマフィアが捕縛に一枚かませてほしいと申し出て来たらしく。
手飼いの異能者だからとかいうわけじゃあない、
ただ、殺さずに捕獲したいのなら手を貸そうと言ってきたそうで。

 「……成程ねぇ。」

社長と同居している名探偵こと乱歩さんは、早めに寝入ったそのまま起きもしなかったそうで、
特に面白みのある案件ではなさそうで。
だがだが、

 「下賤な情報に明るいならば、
  あれはB社の女帝の溺愛している御曹司だってのでこの流れへもピンとくる。」

太宰さんが現場で渡された資料を手にふふふんと意味深に目許を眇めて笑ったのは、
だからどうというところまで把握しているのだろう。
妖麗な姉様が口にしたのはITを活かした自社警備で台頭した総合商社として有名な社名だが、
そんな会社の創業者の身内、しかも主幹系の若いのともなれば、
財閥を背負う未来の大黒柱(予定)なのかも知れず。

 「親御さんとしては、できれば怪我もなく確保したいとか。」
 「表沙汰にはされたくない?」
 「その両方だろうな。」

そこでというか、そこへと恩でも売りたいか、
もしかして裏のルートでお母さまに当たろう女帝様からの依頼があったのか。
詳細まで表沙汰にせぬよう、早急かつ穏便な捕獲に協力したいという連絡があったらしい。
巨悪を相手のすったもんだで、暗黙のうちに手を組んだ実績は結構あるし、
実態は反社組織もいいところだが、表向きは大手の商社でもある組織でもあり、
隠れ蓑の用意もしっかと充実させているため、隠匿の術にも長けておいでで。
まま、そっちの“事後処理”に関しては社長や軍警の上層部が話を詰めるまでのこと、
周囲へも当人へも並々ならぬ被害ありというところを考慮し、
早急にという点で了承したなら実行部隊はとっとと解決へ駆け出すのみで。

 「中也が居ないというのは残念だったねぇ。」

五大幹部で元相棒でもある中原中也とは、今でも犬猿の仲だというに、
今宵ばかりはやや残念そうに口にする太宰嬢。
触れたものの重力を操るそりゃあ強力な異能を持つ彼女が居れば、
辺りに渦巻く疾風も何のその、強靭なロープに異能を掛けて投げ、
それ伝いに相手へも重力操作を仕掛けることで、地面へ叩き伏せてあっという間に解決に至れたろうが、
あいにくと昨日から帝都まで取引で出張中なのだとか。

「まあ、居ないものはしょうがないかぁ♪」
「…何だか物凄く嬉しそうですよね、太宰さん。」

捕獲、もとえ保護対象に気づかれないよう接近するのにと、
こちらの気配を抹消する幻惑の異能“細雪”を発動するべく同行したが、
どうやら既に混乱状態らしいと判り、緊急事態への補佐に回った谷崎さんが
先輩様の極端な態度の変わりようへややげんなりとした声を掛ければ、

「だってぇ、その代わりに寄越されたのがあの子だしぃvv」
「……そうでしたね。」

破壊工作と殺人でがっつりと指名手配されているポートマフィアの禍狗姫、
あらゆるものを食らい尽くす凶顎の異能“羅生門”を操る少女が現れ、
そこから妙に機嫌がいい先輩女史であり。
此処までのあれやこれやで主にこちらの新人との共闘も多い彼女とは、
どうやら元マフィアのお姉様も浅からぬ因縁があったらしいこと、探偵社の面子にもうっすらと届き始めており。
(*ここのお話ではそういうことで…隠す気なさそうですものねぇ。)
こちらの先鋒である敦ちゃんもそうだが、あちらからの助っ人である龍之介嬢も見た目はそれは華奢で、
端正なお顔や静かなたたずまいといい、
とてもではないがこんな荒事に関わるような人物には思えやしない。
だがだが、その異能と思考はさすがポートマフィアの幹部格と言え、
弾幕も凶刃も、何なら空間さえ食らってしまう“顎”を着ている衣服で生み出し、
鋭い刃のようにも捕縛の縄にも機能させられ、
しかも対象を切り刻むことをいとわぬ残虐性も持ち合わせるというから、さすがはマフィア。
谷崎姉もざっくりやられたことがあるため、いまだ間近に寄るのは少々おっかないし、
敦ちゃんなぞ片脚持ってかれたという話なのに、

 “お休みにはお出掛けしてる仲だっていうからそっちも凄いなぁ。”

さすがはZ世代と思ったかどうかはさておいて。

 「いくよっ。」

標的はもはや正気を失っているらしく、
自身の異能なせいかそれとも中心地は台風同様に無風地帯なのか
一応は立っていはするが、足元もグラグラと覚束なく、いつ倒れてしまっても不思議ではない。
唐突に異能が掻き消えたなら、
周囲を舞い飛ぶ瓦礫や何やが支えだった暴風を失ってどう落ちて来るか判らずで、
三〇〇キロはあるという大きめの自販機やらが頭上から落下して来でもしたら、
体力は一般人だろう当事者くんはあっさり潰されるのは間違いなく。
とりあえず強引に取り押さえても凶器になろう何もない空き地にでも移動し、
身柄を確保するというのが作戦だったのだが。
白虎になったら何百キロあるやら、
少女の姿では五〇キロでこぼこだろう敦ちゃんと、そちらはもっと軽いだろう芥川嬢。
異能の力を込めた虎の脚での跳躍も重々しい限定解除バイクの投擲も、錐のように鋭く絞った黒獣の凶刃も、
あっさりと吹き飛ばされて近づくことさえ叶わないと来て。
こうなったらとの合体技に臨むらしい。
周囲周辺の路面はもはや更地に近いほどに何もなく、
その代わり彼女らの頭上には、いつ雪崩を打って落ちて来るのかを思うと恐ろしい、
粉砕された廃墟の瓦礫や雨ざらしになっていた廃棄機械、放置車両などなどが
メリーゴーラウンドのように禍々しくも旋回している。
機会は一度だろうなと見越し、
ぐいと足を踏みしめて飛び上がる間合いを読んでいた白の少女がひくりと顎を引き、

「…。」
「…っ。」

それを拾った相方の黒の少女が、
疾風の中でそれでも足場を踏み耐えて、バネの弾性を蓄え続けていた漆黒の帯を外套の裾から弾き出し、
奔流のように溢れ出すそれが判っているよな呼吸の合いよう、飛び上がってきた敦がその上へと着地する。
足がついたかと見えたそのまま、ぐぐんと膝を深々と折り込んで力を溜め、
弾かれるように跳躍してゆくのと、それを支えるように張力の頂点を合致させる息の合いようも鮮やかに、

 「行けっ!」

方向さえも的確に、小さな少女を生ける弾丸として撃ち出せば、
慣れない者には消えたように見えたかもしれぬ一瞬の光芒、
途轍もない暴風の圧をも物ともせず、一直線に突っ込んだ白虎の少女が標的の青年の腹辺りを抱きとめて、
勢いのまま後背の空間へとすっ飛んでゆく。

 「……っ。」

それが相手の限界でもあったのか、
彼が立っていたところを軸にした疾風の渦巻きは、
刹那、一時停止の映像のようにすべて制止を見せてから、
次の瞬間にはもんどり打つよに支えをなくしたまま落下してきたものだからたまらない。

 「うわぁっ。」
 「車、出すぞ。」

ある程度の距離を置いてはいたが、津波のように押し寄せて来られても剣呑と、
監視をしていた残りの面子、国木田らが乗っていた車も大急ぎで打ち合わせてあった地点までを移動する。
警戒したその通り、地上に次々と落ちて来た瓦礫や何やは、そのまま四方八方へも広がっているようで、

 “あれって一体誰が片付けるんだろう…。”

結構な修羅場だったのに割と方向がおかしいことを案じ、表情が曇ったそのまま、

 「あ…えっと、彼女はいいんですか?」

誰とは言わないが、それでも一番通じているのだろう蓬髪の佳人さんへ
恐る恐る谷崎さんが訊いたのは、敦を黒獣で打ち出した芥川嬢のことで。
暴風圏内に居残る格好になっていた彼女は、そのままもろにあの残骸の豪雨の中に残されたも同然。
自分たちで立てたのだろう策の執行の結果だとはいえ、共闘していたのに放置するのは酷ではないかと、
そう感じたらしい後輩さんのお声掛けへ、

 「案じることはないよ。」

ひょいと肩をすくめ、打ち合わせてあった集合地点へ向かう車中も鼻歌が出ている始末。
さすがに異変に気付いてか、消防関係の車両が現場へと向かうのとすれ違いつつ、
辿り着いた先では、ここいらの工場用の集塵場の跡地だった広場の真ん中、
か細い常夜灯が灯す下には三人の人影が。
もはや意識を失ったらしい暴風の異能者の青年と、
白いやわやわの頬を案じられている敦嬢、妹分の頬を白い手で包み込んで診ている芥川という顔ぶれであり。
ハイ回復薬だよとばかり、小さめのチョコをいもうと弟子のお口へ“あ〜ん”する流れももはや見慣れたルーティーン。

「お疲れ様、二人とも。」

此処だけを見るなら結構ほのぼのとした情景なのへ、
やっとのこと安堵の息をつく国木田さんの傍らから、すたすたと歩みを進める砂色コートの姉様へ、

 「あ、太宰さんvv」

任務終了ですと、朗らかに笑った敦ちゃんとはさすがに異なり、
少々居たたまれないように視線を逸らした黒獣のお嬢さんなのへ、

「あらぁ?此処すりむいてるねぇ、キミ。」
「え?」

すぐの間際から、ひょいッとやや身をかがめてお顔を覗き込み、
綺麗にネイルされた指先でついとくすぐったのが相手の白い頬。
多少は先ほどの混乱の中でかぶった砂塵にまみれているものの、
傷なぞそれこそ異能でのカバーにて防いでいただろうから一条だって負ってはいない。
明らかに言いがかりもいいところだが、そこは彼女らのややこしい間柄とも多少は馴染みが出来ている敦が、
ありゃまあとやんわり苦笑を見せている目前で、

 「預かりものさんなのにこのまま帰すわけにはいかないなぁ、
  ほら手当てしたげるからおいでvv」
 「え? あの、え?え?」

作戦前の冷然としたお顔での顔合わせ以降、ずっと無表情を保ってたマフィアの悪鬼が、
見るからに動揺したまま太宰嬢に手を取られ、手際よくどこぞかへと連れ去られてゆくのもある意味でお約束なら、

 「さぁて、保護対象はまずは病院だな。何なら与謝野先生を呼ぼうか?」

マフィアの側がもくろむ恩の貸し借りはそっちで勝手に運ぶのだろうから、ということか、
何も見なかったと言いたげな体で、国木田さんも自分の携帯端末を操作し始める。

 「…いいのかなぁ、このまま話進めても。」

何だかイレギュラーなことが挟まってないかい?と、案じる谷崎さんへは、
今回も大きに暴れ回って頑張った白虎の少女がにっこり笑い、

 「大丈夫ですよぉ、この人も怪我とかしてないようだしvv」
 「敦ちゃん…。」

ある意味でヘタレ仲間じゃあなくなりつつあるお嬢さんへ、
真人間でもなくなってないかい?大丈夫なの、その判断?と、
涙目になりかかった春隣の宵の一幕だったらしいです。

 【 敦、あとでアタシのマンションに直帰な。】
 「あれ? …何で中也さんが?」










     〜 Fine 〜    23.03.01.


 *魔法少女ヨコハマティではありません。(笑)
  それはともかく…おかしい。
  のすけちゃんのBDのお話を構えていたはずが、
  ドカバキシーンとか書いてるうちに元ネタがどっか行ってしまいましたよ。
  とりあえず、お誕生日おめでとうvv (おいおい)